学生時代の挫折-新しいスポーツへの挑戦 パデルと出会ったのはその直後です。ゼミの同級生に「バイト先にテニスに似たスポーツがあるから遊びに来てほしい」そう言われて出向いたのがパデルコートでした。 パデルと知り合ってからまもなく、日本で世界大会のアジア予選が開催されることを知りました。当時はYouTubeでの配信などはなかったため、Facebookのライブ配信で見た記憶があります。そこには日本代表として日の丸を背負って戦う選手の姿がありました。 バセドウ病との葛藤から、パデル日本代表・アジアチャンピオンに 卒業式の中止、ゼミ仲間との別れ 初めての世界大会、決意の転職 社会人2年目に朗報が来ます。延期になっていた世界大会が1年越しに行われることが決定しました。夢にまで見た世界大会。絶対に出たい。そう感じました。今まで以上に練習も時間を増やしたい、トレーニングにも時間を費やしたい。もっとパデル選手としての活動に注力したい。そんな気持ちもあり、3年は頑張ろうと思っていましたが、1年半で退職し、スポーツ選手としても応援してくれる会社「バリュエンスホールディングス株式会社」に転職します。 その会社ではデュアルキャリアを応援しており、スポーツ選手のみならず、様々な分野でされている方がいらっしゃいました。ここでは、練習のために在宅勤務で試合のあとすぐに練習に行けるようにしてくださったり、大会期間中の長期休暇をいただいたりと、部署の皆様の協力もあり、選手活動の時間を優先することができました。
パデルとの出会い
TIUに入学したのは、高校の先生になりたい夢を叶えるため。小学2年生から始めた硬式テニスのスポーツ推薦で入学しました。当時は部活に注力しながらも教員免許取得のために必須単位を取得することに明け暮れていました。大学2年生の秋に関東に集結した選手のレベルの高さに圧倒され、結果が出ず退部という選択をしました。
実際に体験してみると似ているものの思った以上に難しいと感じたことを記憶しています。しかし、対応できた時の喜びや達成感、テニスで忘れかけていた「できることへの楽しさ」を思い出させてくれました。
今思えば、初めてパデルを体験したときから面白さに夢中になり、選手としてのスタートを切っていたのかもしれません。TIUに入学していなければ声をかけてくれた同級生も知り合わなかったので、パデルという競技には出会えなかったかもしれません。
テニスでは夢のまた夢だった「日本代表」私もこの舞台に立ちたい。そう感じて練習に励みました。
そんな矢先、バセドウ病という病気になってしまいます。バセドウ病は、甲状腺の病気で代謝が異常に良くなります。主な症状が倦怠感や眠気、動悸など、自分では気づきにくい病気です。当時私は歩くだけで息切れ、動悸がありました。投薬治療でしたが、薬が効いて安定するまでの2ヶ月間は運動禁止でした。
運動再開してからは苦悩の連続でしたが、翌年初めて日本代表に選出されます。
その年はアジアチャンピオンになりました。
ここから数年間日本代表として選手活動をしていくのですが、学生時代最後に襲いかかったのは、「新型コロナウイルス」でした。ゼミの忘年会でまた来年と言葉を交わした同級生に会うことは叶わず卒業しました。2年に1回行われる世界大会も延期となりました。
教員免許は取得しましたが、パデル選手として活動する場合、教員では難しいと思い、一般企業に就職しました。新卒で入社した会社はオフィスビルの法人営業でした。
コロナ禍で研修もオンラインになり、リモート需要が高まる中で、業界は打撃を受けながらも社会人としてのキャリアをスタートさせていました。

(Asia Pacific Padel Tourにて)
初めて海外の試合に参戦してから1年後、2024年からアジアでも賞金付きのツアーが始まりました。 満を持して迎えた世界大会 – 悔しさと可能性 初めての世界大会から充実な1年間 できる限り仕事以外の時間はパデルのことを考えました。その結果、世界大会の半年後に行われた全日本選手権で悲願の初優勝。世界大会で感じた差を埋めるために練習してきたことは間違えていなかったという証明だったと思います。 また、世界大会は2年に1回開催されていますが、感染症拡大の影響で2020年の大会が2021年にずれ込んでいたため、2年連続での開催となっていました。 2回目の世界大会 —世界の壁と屈辱 — しかし、この攻撃的なパデルをするには、圧倒的に試合の経験値が足りませんでした。 ありがたいことにスポンサーもついてくださり、会社や家族の理解もあり、日本ランキングを下げることにはなりましたが、世界ランキングに焦点を当て、活動を行うことができました。当時日本人最高ランキング201位、FIPという世界ツアーの海外大会で日本人初優勝など、今は形に残らない結果を出すことができました。 私は、日本人で初めての記録や実績よりも私の行動で日本全体の行動が変わったことが重要であり、お金の不安や周囲への理解も含め、難しいと言われていた海外遠征に一歩踏み出したことが1番の功績だと感じております。
選手活動の体制を整え、初めての世界大会は14位でした。正直緊張が強く、試合内容はよく覚えていませんが、世界のレベルの高さを痛感したと同時に自分に可能性があることも感じました。世界大会の経験を無駄にしてはいけない。そう感じより一層練習の質にこだわったのを今でも覚えています。
そこから私は社会人として仕事をしながら限られた時間の中で練習を行い、世界との差を埋めるために「短い時間で質の高い練習」を意識しました。
1年後の世界大会に向けて、個人的にスポンサーを獲得したり、より一層切磋琢磨することになりました。
日本一になり、迎えた世界大会は16位という結果でした。紙一重の試合をほとんど落とした結果でした。対等に戦えるパデルはこの1年間で学んだものの、勝つパデルには到底及ばなかったということです。
現在の戦術は進化し続けていますが、当時は1回目の世界大会の際に、極力ミスを減らすことが重要だと考えていました。中々決まらないからこそ、ミスを減らすことが重要だと考えたからです。ミスをしないことで対等に戦えるようになりましたが、勝つとなると更なるレベルアップが必要だったということです。
対等に戦えるようになったからこそ、見えてきた景色でした。
世界のパデルは目まぐるしく変化しています。
女子は、国内の男子と練習をしてもらえればレベルの高い練習もすることはできますが、海外の独特な戦術やターニングポイントは、体感しないと難しいという判断でした。
そのために私は、当時日本人の女子では初めてとも言える海外遠征をメインに大会を回ることにしました。
その翌年には、私以外の日本人の女子選手が海外遠征を始め、日本のレベルアップに繋がっていると思います。

(日本人初となる海外開催のツアーで優勝)

(World Padel Championships QATAR 2024にて)
世界を実感 — 強くなった日本代表 先ほども申し上げたように世界のレベルは目まぐるしく進化しています。 2026年にまた世界大会があります。アジア予選を勝ち抜き、世界大会に出場、さらに10位以内に入るためには、レベルの底上げと団体戦というパワーを武器にしていく必要があります。以前に比べると海外を主戦場にしている選手も増えてきました。日本国内のコート面数も少しずつ増えております。 2026年は名古屋周辺で行われるアジア大会の正式種目にもなり、認知度も向上してきました。ただ、まだプロとしてお金を稼ぐことは難しく、協会も潤沢ではないため、それぞれが個人的にスポンサーを獲得したり、普段は仕事をしながらお金をやりくりして選手活動をしています。
迎えた3回目の出場となった世界大会。日本は11位という結果を残しました。
日本は世界ランキングが100位以内の選手がいない中での戦いでした。
ほとんどの国は世界ランキングが2桁台のエースという選手がいる中でしたので、日本一になって以来、自分に「よく頑張ったな」と思える結果でした。
10位以内に食い込んでいくには、エース級の選手を排出する、もしくは全員が150位程度の実力になる必要があると考えています。現在の日本人最高順位は162位です。
将来テレビで試合が放送されるようなスポーツになるよう普及活動も行っていく所存です。ぜひ、「パデル」をネットで検索してみてください。
*2026年はアジア選手権や世界大会と主要大会が多く開催される年です。(沓名舞子さんプロフィール) 埼玉県春日部市出身、
埼玉県立浦和東高校卒2020年3月 東京国際大学人間社会学部スポーツ学科卒業 堀川ゼミ 硬式庭球部(2年次まで) 2021年8月 バリュエンスホールディングス株式会社 勤務
(ホームページ)https://www.valuence.inc /business/2021年11月 World Padel Championships QATAR 2020 14位 2022年3月 第5回全日本選手権 優勝 2022年9月 World Padel Championships Egypt Qualifications 優勝 2022年9月 FIP RISE OWEST 準優勝 2022年11月 World Padel Championships UAE 2022 16位 2023年4月 1ヶ月の長期休暇をいただき、ヨーロッパ遠征を敢行 2023年11月 FIP Promotion ASIA 優勝 2024年9月 World Padel Championships Kuwait Qualifications 優勝 2024年10月 World Padel Championships QATAR 2024 11位
日本はアジア王者として、世界と戦います。
