商売の基本は人間関係。「信頼関係」を築くことが、商売成功の秘訣だと思います。
Lee Ee Hoe(ダト・スリー・リー・イー・フイ)さん、経済学部 28期/1996年卒 栗林ゼミ

マレーシア国アップル企業グループ会長。1964年7月5日、ジョホール州生まれ。高校卒業後上京し、添乗員として働く。25歳のとき日本へ留学。東京国際大学付属日本語学校で日本語を学んだ後、東京国際大学に進学し国際経済学を専攻。帰国後の96年、旅行代理店「アップルホリデー」を立ち上げる。2013年、外国企業としては初めて、日本の観光振興への貢献を称えられ、日本観光庁より「第5回観光長官表彰」を受賞。2015年、日本とマレーシア間の観光産業分野の発展に寄与した功績により 「旭日双光章」を受賞。

「日本人より日本のことを知っている人」と言われるダト・スリ李さんは、国内最大手の旅行会社、アップルバケーションズ&コンベンションズ社の代表だ。同社はアジア地域およびヨーロッパ地域への旅行関連業務を手掛けるほか、国内に3ツ星、4ツ星ホテルを所有・運営する。1996年、社員3名で立ち上げた小さな旅行代理店がわずか18年で、今や年商2億リンギを売り上げる一大企業に成長。その要となったのは、訪日観光ツアーだ。国内の北海道ブームの火付け役となったのが、ダト・スリ李さんなのだから。2013年11月に移転したというブキッ・ビンタンにある新社屋を訪問した。

訪ねて驚いたのが、会長室のある4階。エレベーターを降りると、トビラの向こうは見事な「和」。日本食レストランに来たのかと錯覚するほどの、凝ったインテリアだ。「この丸太ですか? 九州から取り寄せました。ここにある椅子や壁素材なども、すべて日本から取り寄せたものですよ」とダト・スリ李さん。フロアー内にズラリ〜と飾られた土産品や樽は、「岐阜県知事や三重県知事はじめ、来社いただいた方々からのお土産です」。

ダト・スリ李さんはゴム農園で働く両親のもとで育ち、高校を卒業した後はKLでツアーガイドとして働いていたが、日本に留学している友人の勧めで、日本留学を決意。「日本に着いて1週間後には、中華食堂でアルバイトを始めました」。日本語を全く解せないダト・スリ李さんだったが、「店のご主人、トヨタさんは私の顔を見ただけで雇ってくれました。会話はほとんど筆談で、トヨタさんの奥さんは私に童謡を教えてくれた。そのお陰で日本語の上達も早かったと思います」。トヨタさんはダト・スリ李さんが進学する大学の保証人になってくれた。大学在学中は東南アジアの華僑相手にツアーガイドのアルバイトをし、日本各地を回る。

そのときの経験が、帰国後に始めたマレーシア人向けの訪日観光ツアーに生かされることになった。「おいしい食べ物と景色、温泉、雪、何か体験できる要素など、マレーシア人相手に必要不可欠な要素があれば、人気が出ます。今私が注目しているのは岐阜県です」と語るダト・スリ李さんに、商売成功の秘訣を聞くと、「お客さんとの信頼関係です」。日本人以上の日本人だと感じました。 (Senyum2014年7月号、この人のセニョ~ムより)

霞会マレーシア支部の設立で、同窓生ネットワークを応援して行きます。

アップルバケーションズ社は東京国際大学の同窓生と創り上げた会社で、マレーシアではNo1の訪日ツアーオペレーターとなり、10名の卒業生が働いている。現在、東京、ジャカルタ、シンガポール、バンコックに支社を構えており、旅行業界の先駆者として高い評価を受けるとともに、各方面から注目と称賛を浴びている。アップルグループではさらに、航空ロジスティ事業、電子メディア及び広告事業、ブティクホテル事業、不動産投資、旅行専門学校の運営へと事業を拡大していくそうです。 

2017年2月に霞会マレーシア支部が設立されました。グループホテルであるLe Apple KL Tower内のRokkoレストランにて設立総会が開催され、日本からの霞会関係者やシンガポール支部の方々などの参加で賑やかな会となりました。「これからマレーシアでもTIU同窓生のネットワークを強力なものにして行きます、当面の目標は3年以内に会員を30名します」と挨拶をされていました。

TIU 霞会シンガポール支部