40年間の同窓会活動を通して多くの方々との交流に感謝!
遠藤 浩一さん(1982年/14期卒 教養学部(3期)国際関係学科 高橋勇治ゼミ)

1982年教養学部卒の遠藤浩一さんは、卒業後札幌のホテルへ就職されましたが、盛田昭夫さんが掲げた創業精神に惹かれソニー生命へ転職を決断。それ以来、入社20年を経過し50歳で営業職から管理職に転向し、2020年に60歳定年を迎え現在(嘱託社員)に至っていらっしゃいます。同窓会活動にも長年尽力され、霞会北海道支部の幹事や支部長、霞会の代議員、支部連合会の役員として約300名以上の同窓生の方々との出会いがあったそうです。今年2023年9月に「設立40周年同窓会」を開催。『例年にない盛会で、このような場面を見る度に長年幹事として支部長として同窓生の皆さんの再会の橋渡しができていることのへの喜びと自分自身の役割の重みを感じる次第です』と述べられています。

「中国研究ゼミ」で自身初めての海外旅行
大学3年生の時に中国の広大な国土と悠久の歴史が織りなす文化に心惹かれ、中国研究ゼミに所属しました。その12月に研修旅行と称して10日間にわたり北京、杭州、上海を旅行しましたが、当時の中国は個人旅行が認められておらず、日中友好協会の推薦による「○○訪中団」と言う名目でしか入国ができませんでした。北京空港に降り立った時は何やら重い空気を感じ、入国審査では何らかのトラブルで数時間も足止めをくらい、拘束されるのではないかとの不安と緊張があったのを覚えています。

北京では「北京大学」の日本語学科の学生と交流し、その中で「日本の女性は結婚後なぜ仕事をしないのですか?」との質問に返事を窮しましたが、日本女性は結婚すると家庭に入り専業主婦になるとの当時の日本の観念が“国民は皆仕事に就くことが当たり前”の中国人には理解できなかったようです。

この旅行は私自身にとって初めての海外旅行であり、国際人を目指したいという希望を抱いてこの大学に入学し、それを具現化する第一歩となる貴重な体験でした(旅行費用は約40万円と当時としては高額で金策に苦労しました)。ゼミでは主にエドガースノー『中国の赤い星』に著されている毛沢東時代の近代中国を学び卒論のテーマは「中国4つの近代化への道」でした。


(北京大学の正門)

 

(日本語学科の学生と私)

ソニー生命への転職が人生の転機
大学卒業後、札幌駅前のセンチュリーロイヤルホテルに就職し主にフロント業務に携わっていましたが、外国人観光客の応対においては英検2級の資格は全く用をなさず、その語学力は大変乏しく拙いものでした。在学中に英語力をもっと身に付けておくべきだったと後悔したものです。

その後1990年(30歳時)に人生の転機となる1本の電話がありした。それは「SONYが新規事業を始めることになりその仕事への転職のお誘いです」という内容でその仕事とはフルコミッションの生命保険営業でした。また、私の個人情報は大学卒業名簿から入手していたと入社後に判明しました。

当時のソニー生命の新聞広告は「今日から生命保険が変わる!ソニー生命が変える!」であり、「SONYは人のやらない新しいことにチャレンジする」と言う「盛田昭夫」さんが掲げた創業精神に惹かれ転職を決断しました。フルコミッションに対する収入不安からなかなか転職するか否かを決めきれず、最後はコインで決めました(笑)

入社当時の生命保険業界は画一的なパッケージ商品を主にセースルレディが職場に赴き営業するという手法でしたが、ソニー生命は顧客のライフプランと経済状況に合わせたオーダーメイドの合理的な保険を販売するという当時としては斬新な手法を採用しました。それが社会的な評価を得て会社も私個人も順調に業績を伸ばすことができ、2008年には成績上位者によるハワイコンベンションに妻と参加し表彰を受けたことが最高の栄誉でした。

入社20年を経過し50歳で営業職から管理職に転向し、2020年に60歳定年を迎え現在(嘱託社員)に至っています。今まで顧客への死亡保険金支払いは約30件に達しましたが、その保険金で顧客のその後の生活が守られことを考えるとこの仕事の重みと責任を痛感し、生命保険の本質と役割をもっとより多くの人に理解してもらうことが大切でそれが私たちの責務であると感じています。   


(ハワイでのコンベンション表彰式に妻と入場の場面)

シンガポール支部と北海道支部の交流会
北海道支部設立25周年記念事業として2008年2月にシンガポール支部に赴き交流を開催しました。その時の様子をまとめた当時の同窓会報への寄稿文を下記に掲載します。

去る、1月31日北海道支部は武智支部長をはじめとした総勢6名で来星(シンガポールを訪れること)しました。この来星の目的は北海道支部設立25周年記念行事として、シンガポール支部と交流会を開催することでした。昨年5月の同窓会で一番北の支部と一番南の支部が交流し、同窓会活動の活性化を図ろうというこの企画が発表されてから8ヵ月後の待ちに待った来星でした。

北海道の千歳空港出発時の気温はマイナス10度でシンガポールチャンギ空港の到着時はプラス30度という気温差がなんと40度もあり、防寒具から薄着への着替えに苦労をしました。シンガポールは街並みが美しく整備され、アジアのいろいろな人種が集い大変エネルギッシュで魅力的な街でした。また国際ビジネスの拠点としても大変活性化していて「アジアの力」が集結しているという印象を受けました。

交流会は2月1日に落合前支部長の計らいでビジネス街の中心にある高層ビルの63階「Tower Club」という素晴らしい眺望の中華レストランで開催されました。眺望もさることながら料理も最高級で私たちを最高の「おもてなし」で歓迎していただきました。 シンガポール支部からは落合さん、加藤支部長、孫玲さんをはじめ総勢11名もの方が出席していただきましたが、皆さん国際的なお仕事をされている精力的な方々ばかりでビジネスや文化の違いなどいろいろなお話を聞かせていただき、大変良い刺激を受けました。

また、シンガポール支部は卒業生の総数が少ないにもかかわらず、活動ニュースの発行など会員間のコミュニケーションの取り方が上手で見習うべき点が多々ありました。北海道支部も設立から25年が経ち支部活動もマンネリ化が否めない時期でしたが、この交流会を契機にシンガポール支部の斬新な活動の取組みを参考に新たな一歩を踏み出したいと思います。

最後になりましたが、この交流会を快く引き受けていただき私たちを暖かく迎えていただいたシンガポール支部の皆様に心よりお礼を申し上げます。また、今回の交流会が全国の同窓会活動の活性化の一助となれば幸いと思います。


(シンガポール支部との交流会 2008年2月)

北海道支部設立40周年を迎えて
大学卒業の翌年(1983年)、北海道支部同窓会の設立総会に参加してから早40年が経ちました。その間、長年にわたり幹事として又は支部長として同窓会活動に関わってきましたがコロナ期間を除き毎年欠かさず同窓会を開催してきたことは大きな意義を感じています。今まで北海道支部の幹事又は支部長、霞会の代議員、支部連合会の役員として約300名以上の同窓生の方々との出会いがありました。その中でも多くの先輩方との出会いから人生訓を得たり、仕事への指導や協力をしていただいたり私の人生に大きな良い影響を受けて今があると思っています。それだけ私にとっての同窓会活動は有意義で価値のあるものでした。

そして、今年2023年9月に4年ぶりに「設立40周年同窓会」を開催することができました。北海道外からもお祝いに駆け付けくれた支部長や卒業以来の再会の初参加の同期の方もいて、例年にない総勢22名もの出席者が共に語り合い、お酒を交わし、次回の再会を約束し散会となりました。このような場面を見る度に長年幹事として支部長として同窓生の皆さんの再会の橋渡しができていることのへの喜びと自分自身の役割の重みを感じる次第です。これからは今後も北海道支部を存続し発展させるべく後輩の育成に努めて参ります。


(霞会北海道支部 設立40周年同窓会 2023年9月)


(遠 藤 浩 一さんプロフィール)

北海道岩内町出身 岩内高校卒業 札幌市在住
1982年/14期卒 教養学部(3期)国際関係学科 高橋勇治ゼミ
1990年よりソニー生命保険株式会社に勤務
1983年の北海道支部設立より40年間にわたり幹事又は支部長として活動
<趣味> ゴルフ、登山、野鳥撮影(Instagramアカウント“kdkqp145”)

 

TIU 霞会シンガポール支部